シブリバラ短期大学

お腹の弱い、アラフォーお父さん子育て奮闘ブログ

Leica ライカM10 について思うこと

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ため息しか出ない美しさ。これこそ工芸品。

Made in Germanyが生み出す圧倒的な価値観。飽きのこない時間的耐朽性。

ああ、竹やぶにアタッシュケースを探しに行きたい。

Leica ライカM10

ついに出ましたね。この先5年は持っているだけでドヤ顔できます。

ライカは私にとって『ロレックス』ではなく『パテックフィリップ』のよう工芸品的な存在です。

薄さは正義

ついに厚さ38.5mmとスリム化しましたね。

銀塩ライカとほぼ同等の厚さになったことで、多分銀塩派の人たちには嬉しいニュースだったと思います。

 

ライカって撮ることよりも、触れて、愛でて、うっとりして楽しむものだと思っていますので、きっと握った時の「フィルムカメラのような厚み」に悦楽できることでしょう。

欲しいよりも、憧れていたい存在

このカメラが生み出す深みのある幻想的な色調に、撮った写真がたとえピント合ってなくても「芸術の域」として賞賛してしまう。

 

背面にない「削除ボタン」

撮った写真一つ一つが一瞬の記憶であり、その全てが「削除すべきでない思い出」と言わんばかりに語りますよね。素晴らしい。

 

Made in Germany。昔のドイツ車に対する憧れと同様に、カメラの本質的価値観を得ることができると思います。

Made in Japanも稀有な存在

でも工業的製造物として、Made in Japanだって捨てたもんじゃないと思います。

私はGermanyよりも、今後Made in Japanの製品は稀有な存在になっていくと思います。

Fujiのフラッグシップは十分、持つ喜びを感じる

改めて、Fuji X-Pro2の存在は

十分に同様な価値観を得ることができる存在だと思っています。

カメラ的性能の一つ、『センサーサイズ』はフルサイズではないものの、

フルサイズでなければいけないという、昔ながらの固定観念は時代遅れだと思っています。

 

ライカ実機に触れたことがない私が語るべきではないかもしれませんが、X-Pro2のヒヤッとする金属的な感触や、深い漆黒ボディ、奇を衒うことない愚直なデザインは、Made in Japanに恥じない存在感だと思います。

もはやカメラは電化製品になってしまった

昔のカメラと違って、カメラの耐久性は

  • 充電池の消耗
  • 電子部品の老朽化

によって、10年も20年も現役でいることができない存在になりました。

だからこそ税別85万円を昔以上に高く感じてしまうのは事実。

 

まぁ、貧民な私には手の届かない存在ではあるのですが、どうしても無理してでも欲しければ数年ローンしてでも買います。

でも、そこまでではないんですよね。

 

それは、「自分の子供を撮りたいから」

子供の一瞬一瞬に、芸術は必要ない

最も欲しいカメラは、子供の「肌色感」と、時代の「空気感」が記憶色に近いもの。

最近物忘れがひどくなった(笑)自分にとって、子供と過ごした日々が忠実に残せるカメラが欲しい。

 

やっぱりFUJI X-Pro2が欲しくなった(泣)

 

今年20万円絶対貯めよう。